女子ロード日本代表の與那嶺恵理選手。

 

大阪府出身の選手ですが、
名前からして沖縄県出身だと勘違いされるようですね。

 

笑顔の可愛らしい女性です。

 

あまり話題にはなりにくい種目ですが、
今回リオの女子ロードレース(136.9km)では
日本人女子最高位の17位という結果を残しています。

 

今回は與那嶺恵理選手をご紹介します!

 

プロフィール

與那嶺恵理 自転車 画像

名前:與那嶺恵理(よなみねえり)
生年月日1991年4月25日
出身地:大阪府
身長:160cm
体重:51kg
所属: ハーゲンスベルマン・スーパーミント

 

主な戦績

2012年 全日本選手権ロードレース2位・個人タイムトライアル2位、ジャパンカップ・オープン女子優勝、ツールド沖縄・女子国際100㎞優勝

2013年 全日本選手権ロードレース優勝・個人タイムトライアル優勝・MTBクロスカントリー優勝・シクロクロス2位、SDA王滝・MTB XCM100kmマラソン優勝(コースレコード)、世界選手権イタリア大会ロードレース40位・個人タイムトライアル27位、台湾KOMチャレンジ優勝(コースレコード)

2014年 全日本選手権ロードレース2位・個人タイムトライアル2位・MTBクロスカントリー優勝、世界選手権スペイン大会ロードレース22位・個人タイムトライアル14位

2015年 全日本選手権ロードレース2位・個人タイムトライアル優勝・MTBクロスカントリー3位・シクロクロス3位、世界選手権アメリカ大会ロードレース63位・個人タイムトライアル18位、台湾KOMチャレンジ優勝(コースレコード更新)、茨城シクロクロス優勝、東北シクロクロス猪苗代天神浜(UCI-CLASS2レース)優勝、関西シクロクロス第4戦マキノ(UCI-CLASS2レース)優勝、関西シクロクロス第5戦マキノ優勝

2016年 アジア選手権ロードレース4位・ジャパンシクロクロスシリーズ優勝

※オフィシャルウェブサイトより抜粋

 

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自転車競技を始めたきっかけがヤバイ

戦績を見ると、2012年から「優勝」の文字ズラリと並んでいますが、
與那嶺選手が自転車競技を始めたのは2011年からです。

 

その1年後には強豪をはねのけての優勝に、
一躍注目選手になりました。

 

元々運動神経が良かったのか、自転車が好きだったのか・・・

 

とても気になって調べてみると、
自転車に乗り始めたのは大学のテニス部を辞めたことがきっかけだそうです。

 

体力はあるのにセンスがなく、先輩の球拾いやサポートばかり。

 

競技に出たかった與那嶺選手は、もういっか、と辞めてしまったそうです。

 

そんな話を実家で家族に話したら、
たまたま趣味でロードバイクに乗っていた叔父さんが
「その脚は自転車に向いてるから、気分転換にやってみれば?」と言われたのだそう。

 

その気分転換が、與那嶺選手と自転車の出会いでした。

 

叔父さん!!!ナイス叔父さん!!!

 

こんな始まりってあるんでしょうか。

 

今ではオリンピックで日本代表として活躍する選手にまで成長した與那嶺選手。

 

代表選手について調べていると、
家族や兄弟がやっていたから幼い頃に始めて・・・
という選手がほとんどの中、気分転換から始まったなんて。

 

しかも、大学生のときに自転車競技をスタートして・・・
って何度も書いていますがすごすぎですww

 

でもこの叔父さんが素晴らしいのは、
お店で入門バイクを勧められたのにどうせなら!と
いきなりハイエンドモデルを注文してくれたこと。

 

叔父さんの目には、與那嶺選手の未来が見えていたんですかね。

 

お話を聞いてみたいです。

 

しかし、2011年といえば東日本大震災。

 

ちょうどバイクを購入してすぐ、住んでいた茨城県つくば市も震災の被害を受け
自転車に乗ることができなくなってしまいました。

 

ようやく夏頃に落ち着き、
ショップのツーリングに参加するようになった與那嶺選手。

 

どんどん自転車が好きになっていきました。

 

チームの練習などには参加していたものの、
趣味として自転車競技を続けていた與那嶺選手に
叔父さんに次いで人生を変える出会いが訪れます。

 

コーチとの出会い

與那嶺選手の運命を変えた人物。

 

それが、武井亨介社長

 

與那嶺恵理 自転車 画像

 

武井社長はバイクショップFORZAの代表で、
初めて與那嶺選手と走った日の夜、與那嶺選手にこうメールしたそうです。

 

「できる限り早くウチに住みなさい」

 

!!??

 

その後武井社長の家に住まわせてもらうことになった與那嶺選手は、
本格的に選手としての道を進むことになります。

 

武井社長!!!ナイス武井社長!!!

 

もう、與那嶺選手の話を知ると、
これが運命ってやつなのか!と思わずにはいられません。

 

叔父さんと武井社長。

 

どちらか一人が欠けてもいけなかったこの出会い。

 

そしてどちらもすごいのが、
與那嶺選手の才能を瞬間的に見抜いていたということ。

 

付き合いが長いとか、よく知っているとかいうわけではなく
與那嶺選手は自転車競技に向いていると言ってくれた二人のおかげで
現在の與那嶺選手がいるんですよね。

 

このエピソードにすごく興奮してしまいましたw

 

武井社長と出会ったときも、
まだそんなにずば抜けてすごかったわけではないようです。

 

だって趣味で走っていたくらいですから戦績も何もありません。

 

武井社長と出会ってから、與那嶺選手は急成長したんです。

 

武井社長自身も自転車競技の選手であり、
2014年の全日本マウンテンバイク選手権クロスカントリーで優勝するなど
華々しい成績を残しています。

 

あれ?2014年って・・・

 

そう、武井社長、いえ、武井コーチは
自分も現役の選手でありながら與那嶺選手を育成していたのです。

 

そして、與那嶺選手にはいつもこう言っているそうです。

 

「自分よりも良いコーチを見つけたら乗り換えろ。自分も恵理より良い選手を見つけたら乗り換える」

 

かっけー!!!!!

 

常に自分で考えて良い選択をしろ、
と與那嶺選手に言い聞かせてきた武井コーチ。

 

ベストを尽くして努力することを背中を見せながら教えてきました。

 

2020年の東京五輪ももちろん視野に入れていますが、
それ以上に出場できるひとつひとつの試合でベストを尽くすこと。

 

その結果が今・・・って
体操で金メダルをとった内村航平選手の言葉を思い出しました。

 

この2人が自転車競技界を変えてくれそうな気がしてなりません。

 

学歴や家族について

ここで與那嶺選手の学生時代のお話を。

 

神戸女学院中高等学部卒業の與那嶺選手。

 

中高6年間テニスを続け、
高校時代はテニス部のキャプテンを務めるなど
責任感や正義感の強い生徒だったそうです。

 

この頃はまだ自転車ではなくテニスなんですよね。

 

きっと與那嶺選手自身も思っていると思いますが、
ほんの数年前のことだと思えないくらい不思議な気持ちになります。

 

そして出身大学は、筑波大学です。

 

大学を選んだ理由は好きなスポーツに打ち込みたかったから。

 

体育専門学群を選んだのもそれが理由です。

 

初めはテニスでしたが、
大学時代のきっかけで自転車競技生活をスタートさせました。

 

2014年にはサクソバンクFX証券と雇用契約を結び、
2015年にYONEXとバイクフレーム使用契約を結び現在に至ります。

 

ゆとり世代のど真ん中、「ゆとりん」とのあだ名もあるという與那嶺選手。

 

見た感じほんわかした印象ですが、
自転車競技にかける想いは人一倍強いです。

 

自信家ではないのでFacebookなどでは
あえて強気の発言をして自分を奮い立たせているのだそう。

 

みんなに知ってもらって、有言実行。

 

とても堅実で真面目な性格ですね。

 

そして自分と関わっている周りの方々への感謝も忘れない與那嶺選手。

 

よく、武井コーチと二人三脚で・・・と言われるところを
武井コーチの奥さんや子供達に家族として迎え入れて支えてもらえて今があるので
オリンピックの壮行会では三人六脚だと言っていたようです。

 

ご両親の話はあまり出てこなかったのですが、
自転車競技を始めた娘を快く武井コーチの元へ送り出してくれた二人です。

 

きっと娘を信頼して見守ってくれているんでしょう。

 

オリンピックが終わったら、ご家族のお話も聞きたいですね。

 

個人的には叔父さん!に登場してもらいたいのですがw

 

興奮して長くなりましたが、
與那嶺選手、これからも応援しています!

 

與那嶺選手らしい走りを見せてくれることを期待しています!