車椅子卓球世界ランク7位、
日本女王の別所キミヱ選手。

 

可愛らしい髪型が印象的ですが、
なんとこの方68歳!!

 

年齢を感じさせない、
とっても元気なおばあちゃんです。

 

パラ特集番組でのマツコさんとの共演で
かなりの濃いキャラを発揮していましたねw

 

今回は別所キミヱ選手についてご紹介します!

 

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プロフィール

別所キミエ 画像

名前:別所キミヱ(べっしょきみえ)
生年月日:1949年
出身地:広島県

 

日本選手権11連覇など
数々の記録を持つ別所選手。

 

2004年に初めて日本代表として
パラリンピックに出場し、
その後の北京・ロンドンと
5位入賞を果たしています。

 

そんな実績を持つ別所選手ですが、
元々卓球選手ではなかったんです。

 

なぜパラリンピックの
卓球選手になったのでしょうか。

 

卓球を始めたきっかけと難病

45歳で卓球を始めた別所選手。

 

その第一のきっかけは
42歳のときに発病した難病でした。

 

足腰の痺れや痛みが日に日に増し、
原因がわからず病院を転々とする日々。

 

病名がわかったのは半年後だったそうです。

 

その病名は骨巨細胞腫(こつきょさいぼうしゅ)

 

骨巨細胞腫について調べてみると、
このように記載されています。

 

良性の骨腫瘍に分類されるが、
他の良性骨腫様と比べ再発しやすく肺転移を起こすこともあるという特徴がある。
また、非常にまれだが悪性骨巨細胞腫に変化することがある。

 

主に20~45歳の
女性に多く発症しやすいそうです。

 

その原因は不明で、
原因となる遺伝子異常なども
解明されていないのだとか。

 

別所選手は2度にわたる大手術を受け
一命をとりとめたものの、その際に
両脚の自由を奪われてしまいました。

 

こうして車椅子での生活が始まったのです。

 

原因不明の難病に自分がかかるなんて
まさか思わなかったでしょう。

 

突然失ってしまった脚の感覚。

 

考えるだけでゾッとします。

 

しかし悲しみのどん底で絶望を感じながらも、
別所選手は前を向いて持ち前の明るさで
新しいことにもチャレンジしていきました。

 

そのときたまたま目にとまったのが
障害者卓球の新聞記事。

 

障害者スポーツの存在を知り、
消去法で卓球を選んだそうです。

 

なぜ消去法なのかというと、
別所選手の腰には金具が入っているので
あまり負荷がかかるスポーツはできなかったから。

 

上半身、そして腕で軽い球を返す卓球が
一番負担が少なくチャレンジできたからだそうです。

 

最初はリハビリ程度のつもりだったそうですが、
元々スポーツが好きだったこともあり
別所選手はどんどん卓球にのめり込みました。

 

このとき、「神様はまだ使命がある」
と言ってくれているように思ったそうです。

 

できないことばかりでなく、
できることに目を向ける。

 

そうすることで道が開けてくる。

 

これって簡単なようで、
なかなかできないことだと思います。

 

特に健常者として生活していたのに
ある日突然障害者になってしまった場合、
これを受け入れること自体が困難だと思うんです。

 

別所選手も「今ではこんな風に言えるけど」
と笑って話していたので
当時はもっともっと苦しんだのだと思います。

 

それで希望を捨てず、卓球を始めてから
わずか6年で全日本選手権で優勝。

 

その翌年のアジア選手権で完敗した
悔しさから、ひたすら練習に励みます。

 

誰も自分が日の丸を背負うなんて信じていない、
だったらやってやろう。

 

そんな気持ちで取り組んでいたようです。

 

その後4大会連続でパラリンピックに出場し、
今では世界でも評価されるほどに成長しました。

 

家族について

別所選手には息子さんが2人いて、
病気を発症してから
女手一つで育てています。

 

なぜなら39歳のときに
夫の勇さんを急性くも膜下出血で
亡くしているからです。

 

その2年後に自身が難病にかかっているので、
先の見えない不安はかなり大きかったと思います。

 

旦那さんが亡くなった当時
息子さんたちは高校生。

 

高校2、3年生といえば、
大学受験を控えた大事な時期ですよね。

 

最愛の夫を失ったショックすら計り知れないのに
自身も病に苦しむことになるなんて、
普通なら運命を恨みたくなってしまいます。

 

ですが別所選手は卓球と出会い、
仕事と練習を両立する生活を選びました。

 

子供達の学費や養育費もかかる中
自身の海外遠征費なども稼がなければなりません。

 

とても厳しい障害者スポーツの環境でも
別所選手はへこたれなかったんですね。

 

現在ではお子さんも独立、結婚して
お孫さんもいらっしゃるようです。

 

幸せそうなおばあちゃんの一面も見られます。

 

そんな別所選手、キャラの濃さは有名で
パラリンピックでは勝負下着がまず一番!
と言っていましたw

 

下着は、紫にラメが入って
レースがちりばめられているやつだそうですw

 

選手村で干すのが恥ずかしいから
タオルで隠すけどなかなか乾かないなんて
発言をしていましたねw

 

これに対してマツコさん、
「こういう人じゃないとやってけないんだろうね」
と話していましたw

 

ほんとにww

 

別所選手の試合中に、
このくだりを思い出しそうですww

 

生涯現役であり続けたいと行動し続け、
今年で卓球歴23年目となった別所選手。

 

スポーツの世界だと特に
選手寿命というものがありますが、
別所選手にはそれを感じさせない
タフさがあります。

 

別所選手を見ていると、
負けず嫌いな性格はもちろん
心底卓球が好きなんだという気持ちが
かなり強いように思いますね。

 

リオでは前回のパラリンピックよりも
更に良い成績を残せるよう、
勝負下着もきちんとつけて
頑張ってきてほしいです!