義肢装具士の臼井二美男(うすいふみお)さん。

 

パラリンピックに出場する
義足の選手について調べていると、
決まってこの方の名前が出てきます。

 

9月5日放送の
「プロフェッショナル仕事の流儀」
でも特集された方です。

 

義肢装具士という職業についても
気になったのですが、
なぜ臼井さんはこの仕事を選んだのでしょう。

 

今回は義足の仙人と呼ばれる
臼井二美男さんのこれまでをご紹介します。

 

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プロフィール

臼井二美男 画像

名前:臼井二美男(うすいふみお)
年齢:1955年生まれ61歳
出身地:群馬県前橋市

 

義足装具士になったきっかけは?

人生模索中の転機

もともと義足装具士という
職業すら知らなかったという臼井さん。

 

地元の高校を卒業し
なんとなく東京の大学へ行き、
とりあえずいろんなバイトを
しながら人生模索していたそうです。

 

地元にいるよりは東京に出て
人生経験を積み、やりたいことを
探そうと思っていたのは良いけれど、
アルバイトを入れすぎた結果
大学を3年生のとき中退することに。

 

フリーターとなった臼井さんは
ガードマンやバーテンダー、
露天商や音楽事務所でのコンサート企画、
トラック運転手など様々な仕事を経験しました。

 

次第に生活費を稼ぐことが
目的となってしまい不安を感じていたそうです。

 

21歳から28歳までアルバイト生活。

 

自分のやりたいことを探しに来た東京で
いろんな経験をしながら
もっと道に迷ってしまったんですね。

 

そんな頃に彼女ができて
結婚を意識し始めた臼井さん。

 

彼女と結婚するためには
正社員になろうと決意しました。

 

そしてどうせやるなら
何か手に職をつけようと
職業安定所や職業訓練校に
行ってみたんだそうです。

 

私もハローワークには
結構お世話になりましたが、
職業訓練って結構幅広い仕事が
あって無料で学ばせてもらえるので
自分に何が向いているのか
探す良いきっかけになります。

 

失礼ながらフリーター歴が長いのに
結婚をのために手に職を・・・って
思い立った臼井さんの行動力に感動です。

 

年齢的には諦めがちですが、
何を始めるにも遅いなんてことないんですよね。

 

ちなみに、このときの彼女が
現在の奥さんなんです。

 

奥さんの情報は出てこなかったのですが、
毎日たくさんの人のために義足を製作する
臼井さんを陰で支えてくれているのだと思います。

 

義肢という文字が思い出させてくれたもの

そんなときに見つけた
職業訓練校の「義肢科」という文字。

 

この「義肢」という文字が
フラッシュバックのように
臼井さんの小学校時代の記憶を
蘇らせたそうです。

 

小学校6年生のときの担任の先生が
病気でしばらく休んだのちに
学校に出てきたら義足になっていたんだそう。

 

その先生は骨肉種で
大腿部から下を切断しており、
子供ながらに先生の足が
なくなっていることに
ショックを受けたのだとか。

 

卒業してから今の今まで忘れていた
その先生のことを
「義肢」という二文字で思い出し、
臼井さんは興味を持って
訓練校へ入学することになりました。

 

しかし、義肢製作の現場を全く知らないまま
訓練校へ申し込んだ臼井さんは、
自宅へ帰ったあと少し考えたようです。

 

そして悩んでいても仕方がないと思い
電話帳を使って「義肢」という
名前のついた会社を探しました。

 

当時は電話帳ですからねw

 

今は電話帳の存在すら知らない
子供達も多いと思いますが、
電話帳で探してそこに電話を
かけていくってなかなかできないと思います。

 

そんな臼井さんの行動力を見て
現場の人たちは「やめとけ」と言ったそうです。

 

それでも興味があった臼井さんは
鉄道弘済会という義肢製作会社へたどり着きます。

 

そこでたまたま欠員が出たことで
学校へ行くのをやめて
見習いから始めて就職しないかと
いう提案を受けた臼井さん。

 

学校へ申し込んだばかりだからと
一度は断ったそうですが、
事情は説明してあげるからと言われ
そのまますんなり就職が決まります。

 

1、2年学校へ通っても
就職できるかわからない世界で
何の知識や経験もない臼井さんを
その会社は受け入れてくれたのです。

 

でも、それは臼井さんの
人柄や行動力が伝わったからでしょう。

 

もし臼井さんが就職を断っていたら
今の姿はないと思うと、
これは運命だったのでは
ないかと思ってしまいますね。

 

10年やってもまだまだ

就職し、義足の現場に配属された臼井さん。

 

そこは職人の厳しい世界でした。

 

自分から積極的に先輩と関わり
学ぶ姿勢を忘れなかったそうです。

 

そして次第にできることが増え、
最初から最後まで自分で作ることが
できたときの感動は忘れられないといいます。

 

ですが職人の自己満足では
終わることができないのが義足。

 

良いものができたと思っても
患者さんに合わなければ意味がないのです。

 

患者さんがいいと言うまで
何度でも作り直し、
技術や体力だけでなく
精神力で合わせていきました。

 

石の上にも三年と言いますが、
臼井さんはこの道で良い義足を作るには
少なくとも10年は勉強だろうと
最初から思っていたそうです。

 

早く早くと焦りを感じてしまいそうですが、
臼井さんの話しぶりからすると
とても冷静で落ち着いた印象を受けます。

 

良い義肢装具士になろうというよりも
患者さんにより良いものをと
常に考え研究し続けてきたからでしょうね。

 

また、会社のシステムや人間関係で
苦労することもあったそうですが、
他力本願ではなく自分から
積極的に関わっていくことで人は
成長できると臼井さんは言っています。

 

スポーツ義足の可能性

その後臼井さんは義肢業界の専門誌で
スポーツ義足の世界を知りました。

 

当時周りにスポーツ義足を
作っている人は全くいなかったそう。

 

そもそも、義足をつけて
走るという概念すらなかったんです。

 

これを知ったとき、私は衝撃を受けました。

 

今や当たり前にパラリンピックで
義足のランナーを見ますが、
日本は海外より一歩も二歩も遅れていて
「走ってまた怪我したら危ないよ」
って考え方だったんですから。

 

そこで海外文献を取り寄せ
実際にスポーツ義足を作ってしまった
臼井さんは、今度は義足をつけて
走らせてあげたくなったんだんだそう。

 

ここまで知るとと臼井さんの
性分がわかるような気がしてきますが、
会社とは別に個人で
切断障害者のための陸上クラブ
ヘルス・エンジェルスを創立したんです。

 

パラトライアスロンの
秦由加子選手もそこで走る勇気を
もらったと言っていました。

 

まずは義足で走ってみない?という
呼びかけから始めても最初あまり
人が集まらなかったそうですが、
走れたことを喜んで泣く人や
スポーツを始めたことで
内向的になっていた部分が消え
前向きにチャレンジしようとする人も
増えていったそうです。

 

また、義足で体を動かすことで
運動能力も上がり生活の幅も広がります。

 

こうして臼井さんは義足の
可能性を確信し、更に研究を重ねます。

 

2012年にはクラウドファンディングで
支援を募り、製作資金に充てていました。

 

本格的なスポーツ義足の最初の作品は、
今ではパラリンピック走り高跳び
日本代表として有名な鈴木徹選手のもの。

 

臼井二美男 鈴木徹 画像

 

鈴木選手もこの義足のおかげで
人生が変わったと言っていますが、
臼井さんは本当にたくさんの人に
笑顔を与えてきた人なんです。

 

義足は完全なオーダーメイド。

 

臼井さんが目指しているのは
「血が通うような義足」

 

その人の体に合わせるだけでなく、
履き心地やデザインの好みも人それぞれです。

 

そんなところまで配慮して
義足を製作しているのが臼井さんなんです。

 

鈴木選手も言ってました。

 

「ターミネーターみたいでかっこいいでしょ?」って。

 

こんな言葉が出てくるのは、
臼井さんが義足を必要とす人
一人ひとりに真摯に向き合って
製作してきたからですよね。

 

臼井さんの仕事に対する姿勢が
たくさんの人の生活に希望を
与えていることにとても感動しました。

 

義肢装具士の資格や年収は?

義肢装具士になるためには
国家資格が必要です。

 

臼井さんが会社に入社して5年後に
厚生労働省から発表があったそうですが、
そのときは実務経験5年が必要だったそう。

 

現在は、このような流れで
国家試験を受験することができます。

 

1.高校卒業後、義肢装具士養成所において、3年以上義肢装具士として必要な知識及び技能を学ぶ。
2.大学または短大で1年以上(高専は4年以上)学び指定科目を履修する。
その後、義肢装具士養成施設で2年以上義肢装具士としての知識や技術を学ぶ。
3.職業能力開発促進法に基づく義肢及び装具の製作の技能検定に合格し、
3年以上義肢装具士として必要な知識及び技能を学ぶ。
※キャリアガーデンより抜粋

 

義肢装具士の年収は専門職でありながら
それほど高くないのが現状なようです。

 

だいたい月収20万前後
平均年収にすると300〜500万円
前後が一般的なようで、
サラリーマンの平均年収と
さほど変わりはありません。

 

専門知識や高い技術が必要とされ
医療業にも関わる仕事ではありますが、
残業も多く金銭的な面だけを見ると
割りに合わないと思われるでしょう。

 

ですがこの仕事をやる方は
給料面や高待遇を求めて
仕事をしているわけではないように思います。

 

悲しみのどん底にいた人たちが
再び笑顔を取り戻したとき、
患者さんやその家族とともに味わう感動は
言葉で言い表すことができないくらいの喜びでしょう。

 

きっと臼井さん自身も
あまり多くの報酬は受け取って
いないように思います。

 

それならばより良い義足を作れるように
投資し研究に力を注いでいるのではないでしょうか。

 

現在は臼井さんの功績が知られ
義足に対して感心を持つ人や支援企業も
10年前に比べると増えてきていると思います。

 

今後臼井さんのように患者さんの
生活を支えるような立場にある方が
もっと働きやすいような環境づくりも
見直していかなければなりませんね。