リオ五輪競泳女子400m個人メドレー代表の高橋美帆選手。

 

笑顔の可愛い23歳が2度目のオリンピックに挑みます!

 

今回は高橋美帆選手についてご紹介します。

 

プロフィール

高橋美帆 競泳 画像

名前:高橋美帆(たかはしみほ)
生年月日:1992年12月1日(23才)
出身地:京都市長岡京市
血液型:A型
身長:161cm
体重:53kg
所属:ミキハウス

 

主な戦績

・2009年 ジャパンオープン 200mメドレー 8位 400mメドレー 優勝
・2009年 インターハイ 200mメドレー 2位 400mメドレー 優勝
・2009年 国体 200m平泳ぎ 優勝 400mメドレー 優勝
・2010年 ジャパンオープン 200mメドレー 優勝 400mメドレー 優勝
・2010年 国体 200m平泳ぎ 2位 400mメドレー 優勝
・2011年 ワールドカップ東京大会 200mメドレー 4位 400mメドレー 優勝
・2012年 短水路選手権 200mメドレー 8位 400mメドレー 優勝
・2012年 日本選手権 200m平泳ぎ 7位 200mメドレー 7位 400mメドレー 2位
・2014年 ジャパンオープン 400mメドレー 優勝(当時日本新)

・2012年 ロンドン五輪女子400m個人メドレー4分45秒10(予選敗退)
・2013年 世界選手権代表
・2014年 パンパシフィック選手権、仁川アジア大会
・2016年 日本選手権兼リオオリンピック代表選考会にて優勝しオリンピック出場が決定

 

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水泳を始めたきっかけとクラスメート

3歳の頃に2歳年上のお兄さんに影響されて水泳を始めた高橋選手。

 

その後小学校2年生のときに強豪のイトマン京都
本格的に競泳選手を目指します。

 

出身中学校は、長岡京市立長岡中学校です。

 

その頃、全国中学校体育大会で平泳ぎの決勝に進出するなど
元々は平泳ぎで活躍していました。

 

長岡中で同級生だったというサッカーG大阪の宇佐美選手は、
当時の高橋選手は全校生徒の前でバンバン表彰されていたのが印象に残っていると言います。

 

ですが当の本人は、中学時代全国大会で
一度も表彰台に登れなかったことをコンプレックスに思っていた様子。

 

これは高みを目指していたからこそですよね。

 

ちなみに宇佐美選手は水泳が苦手だったそうで、
クラスメート時代には高橋選手から水泳を習ったこともあるそうです。

 

ですが教え方の雑さが印象に残っているようで、インタビュー記事では

 

「こうやったら浮くやん」みたいな。
「いや、それが分からんねん」って・・・。

 

というツッコミを入れていましたw

 

これって、できる人にとっては
「なんで浮かんのか意味わからん」って感じなんでしょうね。

 

互いに活躍して、この二人のクラスメート対談が実現したら
ボケとツッコミでかなり楽しくなる気がします。

 

転向理由とコーチについて

高橋選手の出身高校は、京都外大西高等学校です。

 

得意なのは平泳ぎでしたが、高校の戸谷重徳監督
個人メドレーを勧められたことで転向し、2009年のジャパンオープンで優勝しています。

 

転向を勧めてくれた監督の一声があっての現在です。

 

高橋選手の才能を見抜いたナイス監督です!

 

高橋選手は、日本体育大学時代に藤森善弘コーチと出会い更に進化していきます。

 

シドニー五輪女子400m個人メドレーで銀メダルを獲得した田島寧子選手

 

その田島寧子選手を指導していたのが藤森善弘コーチです。

 

そして、田島寧子選手が出した「4分35秒96」という日本新記録。

 

14年もの間破られることがなかったこの記録を、
高橋選手が大学4年生のときについに破ったのです。

 

簡単に破られることのなかった日本新記録の場に立ち会った藤森善弘コーチ。

 

そしてその新たな歴史を作ったのがどちらも自分の教え子だなんて、
コーチにとってこの上ない喜びだったでしょう。

 

現在はまた記録が更新されていますが、
藤森善弘コーチもまだまだ現役、高橋選手も伸び盛り。

 

今後の活躍が楽しみです!

 

家族や両親が気になる!

高橋選手の家族構成について調べてみました。

 

父親と兄、そして祖母の父子家庭。

 

母親は高橋選手が小学校4年生のときに亡くなっているようです。

 

お母さんを亡くしてから、その数日後にはプールにいたという高橋選手。

 

弱音を吐かず、ただ黙々と練習する姿を周りは見守っていたのだとか。

 

小学校4年生で母の死を受け入れるなんて、簡単にできることではないでしょう。

 

ただ、高橋選手には水泳という向き合うものがあり、
前を向いて必死に泳ぎ続けてきたのです。

 

中学3年まで、8年間担当した佐々木美代コーチは一番の相談相手で、
母親代わりのような存在でした。

 

ですが佐々木コーチは、

 

「みんな素直な美帆をかわいがっていた。でも、本当はお母さんに愚痴を言いたかったと思う」

 

とインタビューで答えています。

 

元気の良い笑顔の裏側で、孤独を感じていた時期もあった高橋選手。

 

我慢強く見えますが、それは周りの支えがあっての現在の姿なんですね。

 

天国のお母さんに向けて、嬉しい報告ができますように。

 

私たちも日本から高橋選手を応援しています!