リオパラリンピック車いすマラソン
日本代表の山本浩之選手。

 

山本浩之選手と聞いてよく知らない方でも、
山本寛太(かんた)君と聞けば
わかる方もいるかもしれません。

 

福岡では犬の「こゆき」の
飲酒運転撲滅CMが話題になりました。

 

柴犬のこゆきが、飼い主の
寛太君を待ち続けるあのCMです。

 

 

その寛太君のお父さんが
パラリンピックに出場し、
息子の分も頑張っています。

 

今回は山本浩之さんと
今は亡き息子の寛太君や
ご家族について紹介します。

 

プロフィール

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名前:山本浩之(やまもとひろゆき)
生年月日:1966年5月31日
出身地:福岡県北九州市
身長:175cm
体重:60kg
所属:Team Heart Space
出場種目:マラソン
カテゴリー:T54
競技歴:24年

 

主な戦績

2008年 仙台国際ハーフマラソン 優勝
2008年 北京パラリンピック マラソン 6位
2008年 ニューヨークシティマラソン 8位
2010年 東京マラソン 優勝
2010年 全国車いすマラソン(篠山) 優勝
2011年 東京マラソン 3位
2012年 東京マラソン 優勝
2012年 ロンドンパラリンピック 5000m10位、マラソン22位
2013年 ボストンマラソン 優勝
2015年 大分国際車いすマラソン 2位

 

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障害やこれまでの経歴について

山本さんは20歳のとき
交通事故に遭っています。

バイクで走行中に
乗用車に巻き込まれ、
背骨を強打してしまったそう。

 

そして医師から一生車いす生活
になることを告げられたそうです。

 

ですが不思議とショックは
なかったという山本選手。

 

めんどくさいなと思ったくらいで
その後はリハビリのため
車いすバスケットボールを始めました。

 

そして10年ほどやったとき、
体力作りのために
車いすマラソンに参加。

 

チーム競技とは違い
個人で記録を伸ばせることに
魅力を感じたそうです。

 

そして34歳で車いすマラソンに
転向しています。

 

パラリンピックの出場歴は今回で3回目。

 

ロンドンでは接触で
タイヤが外れるアクシデント
がありましたが、トップ集団から
脱落しても懸命に走り続け
完走しています。

 

国際大会でも結果を
出している選手ですし、
国内の車いすマラソン大会では
優勝経験豊富な選手です。

 

息子の事故とは?

山本選手は2011年に
息子さんを飲酒運転車による
事故で亡くしています。

 

息子さんの名前は寛太君

 

当時高校1年生でした。

 

地元で起こった事故だったので、
私も当時のニュースを覚えています。

 

場所は福岡県糟屋郡
粕屋町酒殿の町道。

 

寛太君は同級生の皆越隼人君と
一緒に歩いていたところを
飲酒運転の車にはねられ亡くなりました。

 

2人の高校生の命が
一瞬にして奪われた悲惨な事故でした。

 

運転していた男は当時35歳。

 

居酒屋で酒を飲み時速75キロで走行。

 

酒気帯び運転の常習犯でした。

 

男は危険運転致死罪で起訴され、
福岡地裁で懲役14年の
判決を受けて服役しています。

 

2012年のロンドンに向けて
山本選手が調整にかかる頃
に起こった突然の事故でした。

 

事故を境に何も考えられなくなった
という山本選手。

 

それでも寛太君が
東京への修学旅行を楽しみに
していたことを思い出します。

 

そこで息子と一緒に東京の街を
走ろうと東京マラソンに出場。

 

手作りの飲酒運転撲滅
ステッカーを車いすに貼り、
見事3位で完走しました。

 

また、その翌年には
ロンドンパラリンピックでも
最後まで走りきりました。

 

ステッカーを貼っていると、
寛太君が一緒に走って
くれているような気がするんだそう。

 

そして現在は、
競技を通して障害を持った
子供達に希望を与えながら、
妻の美也子さんと共に
飲酒運転撲滅活動を続けています。

 

犬のこゆきとは?

こゆきは、寛太君が
飼っていた犬の名前です。

 

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寛太君が小学校5年生
の頃から飼い始め、
とても懐いていたといいます。

 

兄弟のように仲がよく、
寛太君は毎日こゆきを
散歩に連れて行きました。

 

CMではこゆきが
寛太君と歩いた散歩道が
映し出されています。

 

 

撮影中、本当にこゆきは
寛太君を探すように歩いていたそうです。

 

犬ってちゃんと覚えていますもんね。

 

寛太君が学校に行っている間は
寛太君のベッドでお昼寝するのが
こゆきのお気に入り。

 

事故後は寛太君の遺影の前で
眠るようになったそうです。

 

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今でも寛太君の帰りを
待っているかのように
寛太君の母親・美也子さんに
寄り添うようにしているのだそうです。

 

妻について

山本選手の妻・美也子さんは、
2010年にNPO法人
「はぁとスペース」を設立しました。

 

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設立は寛太君の事故の
1年前のことですが、
障害者も健常者も一緒に楽しく
生活できるようにと、
マナー啓発運動や障害者スポーツ
の支援活動などを行っています。

 

寛太さんが亡くなってからは
飲酒運転撲滅活動にも力を入れ、
命の大切さや飲酒の正しい
知識を伝えるため
行政・企業・学校に出向き
講演活動などを行っているそうです。

 

息子を亡くした悲しみを
受け入れるだけでも辛かったと思います。

 

それでも二度とこんな悲しい
事故が起こらないようにと
発信し続けている方です。

 

交通事故については
年々減少傾向にあるものの、
ここ数年のデータだと
福岡県は47都道府県中
2位や3位を行ったり来たりと
未だに事故が多い県です。

 

飲酒運転については減って
きているものの、最近でも
抜き打ち検査でひっかかっている
車を見かけました。

 

本当に、一事が万事
だということを運転手には
きちんと理解してもらいたいです。

 

被害者になるのも加害者になるのも
とても悲しいことです。

 

そして残された家族の悲しみは
計り知れません。

 

山本選手はリオでも
寛太君のために走ってきます。

 

中継はないようですが、
山本選手の懸命の走りが
少しでも多くの人に
飲酒運転について考える
きっかけになることを願っています。

 

そして寛太君に良い
報告をしてほしいですね。

 

これからも応援しています。