競泳男子200m平泳ぎ日本代表の小関也朱篤選手。

 

まず名前の読み方が気になった小関選手ですが、
「こせきやすひろ」と読むんですね。

 

「ポスト北島」と言われている注目選手です。

 

実はもう結婚しており、プライベートや家族のことも気になります!

 

今回はまだまだ謎が多い小関選手についてご紹介します!

 

プロフィール

小関也朱篤 競泳 画像

名前:小関也朱篤(こせきやすひろ)
生年月日:1992年3月14日
出身地:山形県鶴岡市
血液型:B型
身長:188cm
体重:84kg
所属:ミキハウス

 

主な戦績

2016年第92回日本選手権水泳競技大会100m平泳ぎ優勝(400mメドレーリレーでリオ五輪内定) 200m平泳ぎ優勝(リオ五輪内定)
2016年コナミオープン平泳ぎ100m優勝 200m優勝 最優秀選手
2016年BHP3か国対抗戦平泳ぎ100m・200m 優勝
2015年世界水泳ロシア大会200m平泳ぎ5位 4×100mメドレーリレー6位
2015年第91回日本選手権水泳競技大会平泳ぎ50m3位・100m優勝・200m優勝
2014年第12回パンパシフィック大会100m平泳ぎ 優勝/200m平泳ぎ 優勝/4×100mメドレーリレー 2位
2014年ジャパンオープン2014(50m)100m平泳ぎ 優勝/200m平泳ぎ 優勝
2014年第90回 日本選手権水泳競技大会100m平泳ぎ 優勝
2014年日本短水路選手権50m、100m、200m平泳ぎ 全て優勝(全て日本新記録)
2013年東アジア大会100m平泳ぎ 優勝/400mメドレーリレー 優勝
2013年日本学生選手権大会100m平泳ぎ 優勝
2013年ユニバーシアード競技大会100m平泳ぎ 優勝/400mメドレーリレー 2位
2013年ジャパンオープン(長水路)100m平泳ぎ 2位
2012年日本学生選手権大会100m平泳ぎ 優勝

※ミキハウス所属選手ページより抜粋

 

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水泳を始めたきっかけと学歴は?

両親の勧めで4歳の頃に水泳を始めた小関選手。

 

出身である山形県鶴岡市は水泳が盛んな地域だったそうで、
習い事感覚で鶴岡スイミングクラブ(SC)に入りました。

 

週に2回のプールとテスト。

 

それをクリアすれば賞状がもらえるという理由で
初めは頑張っていたようですが、
気づけば水泳一色の日々を送っていたそうです。

 

中学2年生頃から選手コースに変更し大会へも出場していましたが、
高校時代まで全くの無名選手。

 

今では数々の優勝歴、日本新記録などを出している小関選手ですが、
高校時代の記録として残っているのは3年時に出場した
日本高等学校選手権水泳競技大会の男子100m平泳ぎ3位入賞のみというから驚きです。

 

鶴岡市立朝暘第四小学校
鶴岡市立第四中学校と地元の学校を卒業し、
高校は羽黒学園羽黒高等学校に進学しています。

 

高校も出身の山形県鶴岡市にあるところなので、
おそらく近くで通える高校を選んだのかと思います。

 

専門科も多いので、もしかしたら興味がある分野があったのかもしれません。

 

特徴としては日本で唯一学校に自動車教習所があり
授業の中で免許が取得できるのだそう。

 

すごくないですか?w

 

学校通いながら免許取得って、
わざわざ車校に行く必要がないんですよね?

 

めっちゃ羨ましい・・・

 

と、話が脱線してしまいましたが
小関選手は日本体育大学へ進みました。

 

平泳ぎ転向の理由と恩師について

中学・高校時代は自由形メインで泳いでいた小関選手。

 

高校3年生のときに3位入賞したのが平泳ぎだったので、
あれ?と思って調べてみると、
当時教えてもらっていた鶴岡SCの木村コーチの勧めがきっかけだったようです。

 

木村コーチが鶴岡SCを辞めると後を追って小関選手も鶴岡SCを辞め、
頼み込んで市営プールを借りてマンツーマンで指導してもらっていたのだとか。

 

追っかけるってすごいですね!

 

木村コーチの存在がなければ、今の自分はないと小関選手は言っています。

 

その厳しさが自分に合っていたという小関選手。

 

小関選手の中でこの人についていけ!というレーダーが
ビビッと動いたんだと思います。

 

小関選手のハングリー精神を鍛えたのは、木村コーチのようです。

 

日体大進学後は藤森コーチに師事し、
大学でも自由形をメインに取り組んでいました。

 

しかしなかなか思うような結果を出せず苦しんでいた小関選手を見て、
なんとか彼の良さを生かせないだろうかと藤森コーチは考えます。

 

そして大学3年生のときに、平泳ぎ専門に転向を勧めました。

 

それまでは、自由形と平泳ぎを8:2の割合で泳いでいたそうです。

 

それでもそのときに平泳ぎのタイムが伸び、
その後様々な泳ぎ方を自分でも研究するようになりました。

 

藤森コーチいわく、平泳ぎで使う腕の力がなかったのを
自由形で強化し補っていた結果、平泳ぎのタイムが伸びたということです。

 

自由形は4泳法の基本だといいます。

 

その基本を長年に渡り特訓してきたからこそ
平泳ぎで力を発揮することができるようになりました。

 

そして2013年のジャパンオープン男子100m平泳ぎで、
あの北島康介選手に次ぐ2位という結果を残しています。

 

大学の先輩でもある北島選手と接戦を繰り広げ、
小関選手の名前を知らしめた瞬間です。

 

その後は次々と記録を更新し、ついにオリンピック代表選手に。

 

苦しい時期を乗り越えてきたからこそ今があるんですね。

 

小関選手の時代はまだまだこれからです。

 

実は既婚者!

体格が良くどっしりと構えた姿は大人びて見えますが、
少年のような笑顔を見せることもある小関選手。

 

年齢は24歳と若いですが、実は既婚者です。

 

ミキハウスに入社した1年目の、2014年11月22日のいい夫婦の日に入籍。

 

一般の方なので奥さんの情報はありませんが、
おそらく学生時代からの付き合いでしょうか。

 

食事管理は奥さんがしてくれているようです。

 

まだお子さんについての情報はありませんが、
結婚2年目ですからそろそろかもしれませんね。

 

リオで良い結果を残し、
一家の大黒柱として今後も活躍してほしいですね!