柔道男子60kg級でメダル候補の高藤直寿選手。

 

ナイナイの岡村さんに似ていてなんだか親近感がわきますね。

 

自身で名付けた「直車(なおぐるま)」という技は
まるでレスリングの技のようで外国人キラーだと話題です。

 

23歳という若さで結婚していて一児のパパでもある高藤選手。

 

今回は高藤選手の強さの秘密に迫ります。

 

プロフィール

高藤直寿 柔道 画像

名前:高藤直寿(たかとうなおひさ)
生年月日:1993年5月30日
出身地:栃木県下野市
血液型:AB型
身長:160cm
体重:–
所属:パーク24

 

主な戦績

2011年全日本ジュニア柔道体重別選手権 優勝(60kg級)
2011年世界ジュニア選手権 優勝(60kg級)
2011年講道館杯全日本柔道体重別選手権 準優勝(60kg級)
2011年グランドスラム東京 3位(60kg級)
2011年グランプリ・青島 準優勝(60kg級)
2012年グランドスラム・モスクワ 優勝(60kg級)
2012年ワールドカップ・タシュケント 優勝(60kg級)
2012年講道館杯全日本柔道体重別選手権 3位(60kg級)
2012年グランドスラム東京 優勝(60kg級)
2013年グランドスラム・パリ 優勝(60kg級)
2013年全日本選抜柔道体重別選手権大会 3位(60kg級)
2013年ワールドマスターズ 優勝(60kg級)
2013年リオデジャネイロ世界柔道選手権 優勝(60kg級)
2013年グランドスラム東京 優勝(60kg級)
2014年全日本選抜柔道体重別選手権 優勝(60kg級)
2014年グランプリ・ブダペスト 優勝(60kg級)
2014年世界柔道選手権大会 3位(60kg級)
2015年ワールドマスターズ 優勝(60kg級)
2015年グランドスラム・パリ 優勝(60kg級)
2015年グランドスラム東京 優勝(60kg級)
2016年全日本選抜柔道体重別選手権大会 3位(60kg級)

※パーク24部員紹介ページから抜粋

 

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柔道を始めたきっかけや学歴は?

7歳の頃に柔道を始めたという高藤選手。

 

きっかけは柔道4段で元警察官である父親の影響を受けたからだそう。

 

3歳の頃にはすでに両親のベッドの間を
前方宙返りで飛び越えていたというエピソードもあります。

 

きっと、父親の真似をして始めたのでしょうね。

 

小学校3年生のときには地元の野木町柔道クラブに所属し、
そこからメキメキと成長していきます。

 

小学校5年生のときには全国小学生学年別柔道大会40キロ級で
見事初代チャンピオンに輝くまでの実力に!

 

そこから連覇、数多くの大会で優勝し、
柔道の名門である東海大相模中学・高校に進学しました。

 

中高時代も説明するまでもなく活躍を重ね、東海大学へ。

 

世界選手権でも優勝し、20歳にして世界一となり、
国際大会8連覇を成し遂げるなど異常なまでの記録を更新してきた高藤選手。

 

この頃は本当に表彰台に登り笑顔を見せる姿が印象的でしたが、
とある出来事をきっかけにスランプに陥った時期もあったのです。

 

規律違反とパートナーの存在

活躍の一方で2013年頃から生活の乱れが目立つようになり、
日本代表の練習に遅刻するなど怠慢が目立ってきた高藤選手。

 

2014年の世界選手権遅刻を原因に全日本柔道連盟から処分されました。

 

批判を浴びて翌年の世界選手権には出場すらできていません。

 

強化指定ランクをA→Bに落とされたため、
サポート面、金銭面でも大幅に変化があったかと思います。

 

当時の報道を覚えていますが、
確かに高藤選手の行動は理解できないものがありました。

 

本人は悩み、苦しんでいたのかもしれませんが、
恩を仇で返すような行動をしてしまったのはもったいないことだと思います。

 

これを猛反省した高藤選手。

 

自分に期待し見捨てないでくれた井上康生監督のため、
家族のため、日本で応援してくれている人たちのため、
現在は「金メダルを取って当たり前」だと頑張っています。

 

実は、高藤選手には家族や監督以外にも支えてくれる存在がいました。

 

それが練習パートナーである、
東海大大学院に通う1学年先輩の伊丹直喜さんです。

 

高藤選手が小学校4年生のときからの付き合いだという二人。

 

中高時代も一緒に柔道の世界で戦ってきました。

 

東海大学に進学すると、伊丹さんは選手の道を諦め
高藤選手のパートナーとなる道を選んでいます。

 

高藤選手の練習や大会スケジュールに自分の生活を合わせ、
プライベートでも飲みに誘い愚痴や悩みを聞いたそうです。

 

誰もがリオへの出場が絶望的だと思っていたそのときも、
伊丹さんは高藤選手を励まし支え続けていました。

 

そんな伊丹さんに高藤選手はとても感謝しており、
自分の息子の名前に伊丹直喜の一文字をもらって登喜久(ときひさ)くんと名付けています。

 

とても心温まるエピソードです。

 

一度は周りの信頼を裏切ってしまった高藤選手ですが、
再び立ち上がり結果で応えようと努力しているのが伝わってきます。

 

本来は義理堅い性格なんでしょうね。

 

ルール変更から生まれた新技

「肩車」を得意技としていた高藤選手ですが、
2009年にルール変更があり帯から下の部位を手で攻撃することができなくなりました。

 

つまり足をとる肩車はできなくなってしまったということ、「股取り禁止令」です。

 

このことがあり2010年には国内初の反則負けとなってしまいます。

 

これはかなり悔しかったんではないでしょうか。

 

できる選手に与えられた試練ですが、
高藤選手が本来の持ち味を発揮できず苦しんだ時期でもあります。

 

その後も連続攻撃や返し技で全面禁止となり厳しい状況に陥りましたが、
高藤選手はそこで研究・改良し、新しい技を生み出しました。

 

自分の名前である「直寿」と得意技の「肩車」から一文字ずつとって「直車」

 

背負い投げにいくと見せかけて肩車・・・
でも正しくは足を使わないので改良型肩車でOKなんです。

 

外国人選手もこれに対策をしているといいますが、
対策をしてわかっていてもかかってしまうのだそう。

 

まるで相手は最初から逃れられない蜘蛛の巣にやってきてしまったかのようですね。

 

元々自分が試合に出るより、相手を見て研究するのが好きだという高藤選手。

 

その探究心でルール変更の壁を乗り越えました。

 

高藤選手はその昔、じゃんけんで負けただけで泣いていたほどの
負けず嫌いな性格なんだそう。

 

自身の強みを封印され反則負けした悔しさから、
オリジナルの技を編み出すことに成功しています。

 

高藤選手のことを多くのメディアが「天才」取り上げていますが、
調べてみるとそうでもないように思います。

 

私的には、天才肌、というより努力家の方が似合うのかな、と。

 

何度も挫折を味わい、
人が見えないところで研究改良を重ねているのは科学者のようです。

 

ただ、そのスピードが速いのが「天才」と呼ばれるゆえんかもしれませんね。

 

「直車」初披露の際も、数回練習したのを試したと言っているくらいですから。

 

でもいろいろ調べてみると、大口をたたくのも
自分に強く言い聞かせるためなような気もしますw

 

弱い部分はやっぱり家族や信頼できる人にだけ見せているんじゃないでしょうか。

 

奥さんと子供について

2014年6月、大学3年生のときに結婚した高藤選手。

 

お相手は牧志津香さんといって、高藤選手より4歳年上の姉さん女房です。

 

志津香さんも元々柔道選手。

 

筑波大学からミキハウスに進み、
女子57キロ級の元強化指定選手でした。

 

そんな二人が学生結婚した理由はできちゃった婚。

 

今では1歳半になる息子の登喜久くんもパパを応援しています。

 

どちらかというと性格は奥さんの方が強そうです。

 

やはり年上ということもあり、家訓を作るなどしっかりしている様子。

 

高藤選手も結婚後、大人びてきたきがします。

 

子供の成長を見守りながら、
一家の大黒柱であるという気持ちが強くなってきているのでしょうね。

 

今回のリオでは惜しくも金メダルを逃しましたが、
銅メダルの獲得おめでとうございます!

 

この悔しさを4年後にぶつけて
今度こそ高藤スペシャルを見せてほしいです!

 

高藤なら、やれる!!