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冨永こよみの姉や両親について!旦那や子供がいるのかまとめ

女子世界バレーに選ばれ冨永こよみ選手は選手の中でも経験があるベテランで、チーム内でもリーダー的なポジションにいます。

ぴよ子
ぴよ子
すごいよね、冨永選手!でも、これまでに大きな怪我に襲われたこともあって、きついことも多かったみたい…

今回は、真面目で努力家、チームをこれまで引っ張ってきた冨永選手のことについてご紹介していきます。

大きな怪我や、現在どこまで回復しているのかも気になりますしね!

冨永こよみのプロフィール

  • 名前:冨永こよみ(とみながこよみ)
  • 愛称:コヨミ
  • 生年月日 1989年5月1日
  • 年齢:29歳(2018年)
  • 出身地:東京都狛江市
  • 身長:175cm
  • 体重:67kg
  • 血液型:B型
  • 所属:埼玉上尾メディックス
  • ポジション:セッター
  • 指高:228cm
  • スパイク:305cm
  • ブロック:280cm

もともとはガンガンスパイクを打っていた富永選手ですが、今はセッターとして日本代表で活躍しています。

ポジションを変わるというのはそんなに簡単なことではないらしく、これまでたくさんの苦労をされてきています。

それらの障害を乗り越えてきた富永選手だからこそ、安定の強さで安心して試合を見ていられるのでしょう。

その彼女の苦悩についても簡単にご紹介いたします。

これまでの戦績は?

小学校3年生の頃からバレーを始めた富永こよみ選手。

下北沢成徳中学ではエースアタッカーとして「JOC最優秀選手」や「オリンピックの有望選手」に選ばれていました。

そんな富永選手が通っていた高校は下北沢成徳高等学校

高校時代には全日本ジュニア代表の一員として、アジアジュニア選手権や世界ジュニア選手権などの国際大会にも参加しているのです!

2008年にパイオニアレッドウィングスに入団し、この際にセッターに転向したのです。

小学校からアタッカーとして活躍してきたのに、セッターに転向したことで、いろいろな戸惑いや悩みがあったことでしょう。

セッターとして出場した大きな大会は、2009年グラチャン大会です。

富永選手の動きはどんどん切れを増していきました。

今の中田監督の元、厳しい練習を乗り越えた富永選手や他の選手のLevelは近年更に上がっているように感じます。

富永選手は、その能力の高さや人間性から、チームの中でもリーダ的存在になっていきました。

仲間思い、ファン思いな冨永選手。

富永選手が最初にキャプテンになったのは2011年6月、所属チームのパイオニアレッドウィングスで副主将をとなり、2012年6月からはコートキャプテンを務めるまでに!冨永選手が周りから高評価を受け、認められた記念すべき試合ですね!

人生を左右する大怪我

しかし富永こよみ選手のバレー人生は、順風満々にとはいきませんでした。

2012年12月8日のVプレミアリーグの対岡山戦でこれからの選手生命をゆるがす大怪我に見舞われたのです。

ブロックしたときに、「アキレス腱断裂」になりました。

ジャンプブロックの直後、うずくまり苦痛の表情を出す冨永選手の姿に、チームメイトも尋常じゃない状況ということを察知しました。

「アキレス腱断裂」

受傷時には、「ふくらはぎをバットでたたかれた感じ」とか、「ボールが当たった感じ」などの衝撃を感じることが多く、「破裂したような音がした」など断裂した時の音を自覚することもあります。

受傷直後は受傷肢に体重をかけることができずに転倒したり、しゃがみこんだりしますが、しばらくすると歩行可能となることも少なくありません。 しかし、歩行が可能な場合でもつま先立ちはできなくなるのが特徴です。

アキレス腱が断裂していても足首(足関節)は動かすことは出来ます。

参照:https://www.joa.or.jp

歩行可能…その状態で走ったり思い切りジャンプするバレーはできなくて当然です。冨永選手はバレーボールから離れざるを得ませんでした。

どれだけの悔しさがあったことでしょう。真面目な選手なので相当苦しんだことでしょう。

しかし、それでも前向きに治療を受け、2013年第68回国民体育大会バレーボール競技で見事復帰を果たしました!素晴らしいです!

旦那や子供について

その怪我のときに傍で支えてくれた家族の存在があったのではないかと考えています。

年齢も29歳、結婚して子供がいてもおかしくありません。

旦那さんのことについて知りたいというファンも多いですしね。

調べてみると、インタビューで旦那がいるか聞かれたときに「はい」と明確に答えています。

そして、結婚後の名字は「岩崎こよみ」

パイオニアレッドウィングスから埼玉県上尾メディックスへの移籍に際し旦那さんも仕事をやめ、埼玉へ一緒に移動しています。

本当に冨永選手を大切にしている旦那さんなのでしょうね。

お子さんはまだいらっしゃらないようですが、2020年のオリンピックが終わってから、ゆっくり考えられるんじゃないでしょうか。

すごく真面目で我慢強く、ファンも大切にする冨永選手、きっと旦那さんも良い方で、冨永選手の試合の際には支えているいに違いありません。

両親や姉について

家族と仲が良いと噂の冨永選手。

実はバレーを始めたきっかけも姉の影響で、小学3年よりバレーボールを始めています。

そういう意味ではお姉さんのおかげで今の冨永選手があるというふうにも取れますね。

ここまで苦難を乗り越えで凄い選手に成長したのは、紛れもなく本人の力ですけどね。

下北沢成徳高等学校時代には、全日本ジュニア代表としてアジアジュニア選手権や世界ジュニア選手権を経験し、2008年パイオニアレッドウィングスに入団と、どんどん実力をつけています。

ご両親の情報はありませんでしたが、少なくとも姉妹が2人ともバレーをしていたので、食事に気を使ったり、洗い物や送迎など、陰ながらサポートをしてきたのではないかと想像できます。

また新たな情報がわかりましたら追記していきますね。

まとめ

チームのまとめ役、リーダー的存在ですが、チームメイトからすると、なんでも頼れるお姉さんって感じなのではないでしょうか。

これまでに大きな怪我やチームの移籍など、様々な苦悩があったと思いますが、我慢強く踏ん張り強い冨永選手はしっかりと前を向いてここまで進んできました。

世界バレーや2020年のオリンピックで冨永選手の活躍が見られるのを楽しみにしています。

冨永選手、これからも頑張ってください!!応援しています。