野球

平尾奎太の腎臓の病気とは?父親の経歴や母親についても

HONDA鈴鹿に所属しながら野球を続けている平尾奎太(ひらおけいた)選手。

プロ野球ドラフト緊急特番「お母さんありがとう」でも特集されましたね。

平尾選手は24歳でドラフト候補となりました。高校や大学ではなく、一般の方です。

実力を持ちながらも、これまでドラフト候補として出てこれなかったのは、今まで難病と戦ってきたからでもあります。

今回は平尾選手が乗り越えた腎臓の病気についてや、それを傍で支えてきた父親と母親や姉についてや、プロ野球ドラフト緊急特番「お母さんありがとう」でも特集された内容をご紹介いたします。

平尾奎太ってどういう選手?

  • 名前:平尾奎太(ひらお けいた)
  • 生年月日:1994年6月21日
  • 年齢:24歳(2018年)
  • 出身地:大阪府
  • 身長:188cm
  • 体重:90kg
  • ポジション:ピッチャー
  • 投球打席:左投左打

小学校6年生の頃には170センチメートルを超えていました!すごく高いですね。

大阪桐蔭高校と同志社大学を卒業しています。

野球を始めたのは泉佐野一小学校2年生からです。

高校を卒業するまで目立った成績は残していません。高校生の頃に見つかった病気で思うように体が動かない時期もありました。

そんな悔しい思いをしつつも、野球をやめずに努力をす続け、ついに病気も克服し、今まで頑張ってきた成果が出てきたのです。

阪神のスカウト担当の方は、平尾選手に対してこのようにコメントしております。

「左腕で体格もあるし、球速も高校、大学時代に比べて格段に上がっている。

高校時代から好素材として注目していたが、大学、社会人で大きく成長。

社会人では1年目から日本代表に入って、このままでも十分、指名候補だが、さらに来年、実績を残せば、一気に上位候補になる可能性も秘めている」

これまでためてきた経験や努力が一気に花咲いた!というイメージを受けます。

本当にこういう選手にはこれから活躍する場をたくさん手にしてほしいです。

平尾奎太が抱えていた難病

では、高校の時に抱えていた難病とは一体何だったのでしょうか。

それは「IgA腎症」という病気です。

「IgA腎症」とは

小学校高学年以後に多く発症する慢性糸球体腎炎の中で最も頻度の高い病気です。

特に蛋白尿の多い例、組織学的に重症な例が、腎不全になりやすいと言われています。

寛解(蛋白尿と血尿を消失させること)させ、将来腎不全にならないようにすることが治療の目的です。

言葉にして説明すると難しいですが、つまりこの病気は腎臓機能が低下するもので、これからの人生に大きく関わる病気ということです。

悪化すれば腎不全になったり人工透析も必要になります。

平尾投手は、高校時代に発症しましたが、早期発見だったため本格的な治療を延期することもできました。

もしこの発見が遅れていたらと思うと、とても恐ろしいですね。

しかし、病気が発症したタイミングはよくありませんでした。

それは府大会を直前に控えた高校2年の秋にこの病気のことがわかったのです。

実は、その年の4月にあった検査で腎臓機能に異常が見つかっており6月に再検査を受けていた平尾選手。

血尿も出ていたので、相当不安だったでしょう。

状態が良くならなかったため、9月にもう一度再検査をすると、とんでもない数値が出てたのです。

もちろんこの病気になったら野球は続けられません。絶対安静を医師からも伝えられました。この先ちゃんと完治するかもわからないし、激しい動きもできないのでマネージャーに転向したほうが良いとも言われていました。

しかし、小さい頃から野球を続け、マウンドに立つことが夢だった平尾選手、まだまだ目を引く成績も残せないまま病気で夢を諦めることがどうしてもできませんでした。

「完治が長引いてもいいので高校野球を続けたい」

何度か入退院を繰り返し、大学進学後の進学後も2年間は治療に専念しました。その結果「難病の克服」を大学3年に達成!(その時の様子を詳しく下にある【ドラフト特番エピソード】にまとめています。)

完治する病気ではないので、現在も3カ月に1回の通院を続けていますが数値はまったく問題なく、どんどん実力を伸ばしています。

闘病生活の間に、一番近くで平尾選手を支えていたのは母親でした。

平尾選手の母親

平尾奎太選手、母親の佳子さんに「完治が長引いてもいいので野球を続けたい」と強く訴え、母親もこれから平尾選手と頑張って病気を克服しようと決意しました。

母親はいつだって子供の味方ですが、野球は辞めてしっかり病気を治してほしいと思ってもおかしくないのに、平尾選手の思いを優先させた母親。

どれだけの苦悩や困難があったことでしょうか。しかし、そんな困難に負けず、平尾選手はずっと叶えたかった夢を、今つかもうとしています。

彼の心にあるのは「感謝」

野球ができることに、これまで支えてくれた仲間に、側にいてくれた母親に…そんな思いが平尾選手を強くしているようにも思いますね。

ドラフト緊急特番「お母さんありがとう」でのエピソード

甲子園に行くために全寮制の大阪桐蔭高等学校にわざわざ入学したのです。

病気が発覚し、たくさんの医師から「野球なんて無理!」と言われていた平尾選手。

  • 野球やれるなら死んでもいい
  • 高校だけは野球を続けたい!

そんな思いで何件も病院をまわり、野球をやりながら治療できるところを探し回りました。

最悪腎不全や透析生活になってしまいます。そうなれば問答無用で野球ができなくなりますよね。

でも、高校では絶対に野球をやるんだ!絶対に病気を治すんだ!そんな思いを医者に伝え続けました。

そして、やっとの事でその思いを受け止めてくれた医師が現れたのです。そのお医者さんは、

「ここで野球をやめさせて治療にあたっても、治療に前向きになれないだろうと思い、本人の意志を尊重しました。」

と感じて、野球をしながらの治療をOKしたようです。

しかし、その病気の治療は辛いものでした。

毎日痛い思いをしながら、しかし、母親同期で親友の藤浪(阪神タイガース)から励まされながら、野球と闘病生活を繰り返しました。

母親はとにかく辛い思いでいっぱいで、泣いてばかりだったと言います。

子供に後悔させたくない、そんな思いだったそうですが平尾選手が「死んでもいいから!」と言った時に、旨が締め付けられる思いだったでしょうね。

とにかく息子が元気になってほしい、医者が見つかってほしい、苦しみが少しでも和らいでほしい、そんな思いを持ち平尾選手を傍で支え、神社を回って神頼みをしていたこともあるそうです。

そのためもあってか、平尾選手が高校3年の時の甲子園には出場!

初登板を大舞台で果たします。

そして見事に優勝!その思い素晴らしいです!

平尾選手はその経験から、今病気で苦しんでいて夢を諦めかけている人に向けてこのように発言しています。

「病気は乗り越えられるもので、それをマイナスと捉えず、乗り越えられるものと思っていてほしい」

病気で苦しんでいる人を勇気つけたい!そんな思いを感じます。

ドラフトで選ばれなかったのは残念でした…しかし、平尾選手や家族の顔は輝いていたように見えます。

父親も野球選手だった

平尾奎太選手の父親の健二さんも若い頃は野球選手だったのです。

しかも、東北高校の甲子園に出場したことがあり、ホームランも打っています。

すごいですよね。

高校卒業後は大商大に進学、そして社会人のNTT北陸でも野球をされており、トータル11年間もの間活躍した選手だったのです。

平尾選手もお父さん後を受け継いでいますね。

また、平尾選手の身長190cmから投げる投球は威力も素晴らしく、左投げなので重宝されています。

もともと右投げだったのですが、学生の頃に左投げに転向、これは父である健二さんの助言だったと言われています。

平尾選手もそんなお父さんの影響で野球を始めたのでしょうね。

姉がかわいい!

ドラフトを見ながら感動して涙を流していたのですが、家族が画面に写った時に「え!お姉さんめっちゃかわいい!!」と姉に目がいきました。

すっごくかわいいんです!

名前は千尋(ちひろ)さんといいます。

つい、写真をパシャリ!めっちゃかわいいですし、平尾選手もかなりのイケメンですもんね…ご両親も美形ですし、羨ましいです(^^)

平尾選手へ応援メッセージ

克服したとはいえ、今も病気と戦いながら野球を続けている平尾選手。

沢山の人に支えられて、野球ができることもありがたいと感じられる環境にいた時期があったことが今の彼を支えているのではないかと感じています。

夢を諦めず掴み取ろうとする姿に私も勇気をもらいました。

当たり前になっている自分の生活を見直し、感謝しながら私も自分の芯をしっかり持って生きていきたいです。

平尾選手が活躍すればするほど、今病気で苦しんでいる人たちも元気つけられるでしょう。

これからも頑張ってください!応援しています。