駅伝

大八木弘明監督(駒澤大学)の妻や娘について!若い頃の活躍は?

駒澤大学の顔である大八木弘明(おおやぎ ひろあき)監督ですが、指導が厳しいというイメージをお持ちの方も多いかもしれません。

ぴよ太
ぴよ太
いつも駅伝の監督車からも、気合いの入るような言葉をかけてくれるよね!

今回大八木監督についてお調べしたところ、駒澤大学出身で箱根駅伝の経験者、そしてとても努力家であることが分かりました!

奥様や娘さん、若い頃の活躍についてまとめましたのでご紹介いたします。

大八木弘明監督ってどんな人?

1995年4月から母校である駒澤大学の陸上競技部のコーチに就任。

就任する際、相当迷ったとのことですが「母校に恩返しをしたい」との理由から、低迷に次ぐ低迷にあえいでいた陸上競技部の建て直しをはかることになりました。

大八木就任以降の駒澤大の成績は飛躍的に向上し、その指導力を高く評価され2002年4月、駒澤大学陸上競技部の助監督に就任、2004年4月には監督に就任しました。

ぴよ太
ぴよ太
確かに駒澤大学が優勝した時の監督は、大八木監督だった記憶があるなぁ。
うさ子
うさ子
そうだろうね!
だって大八木監督に代わってから、出雲・全日本・箱根駅伝で通算15勝してるんだよ!

大八木監督自身、子供の頃から陸上競技に励んでいましたが、どんな少年だったのでしょうか。

次は大八木監督の学生時代のことをご紹介いたします。

大八木弘明監督のプロフィール

氏名:大八木弘明(おおやぎ ひろあき)

生年月日:1958年7月30日

出身:福島県河沼郡河東町(現 会津若松市河東町)

高校:福島県立会津工業高等学校

大学:駒澤大学経済学部(夜間部)

陸上競技にのめり込むようになったのは中学2年生の時で、校内マラソンで優勝したのがきっかけでした。

ぴよ太
ぴよ太
中学入学の時には体重100kg近くあって、あだ名は「ドラム缶」だったんだって!
うさ子
うさ子
今の大八木監督から、100kg近くある大八木監督なんて想像できないね!

中学時代から練習を重ねましたが、高校時代には走りすぎによる故障(疲労骨折)と貧血に苦しめられる3年間を過ごすこととなりました。

また、家庭の事情により大学進学も諦めざるを得なかったそうです。

高校卒業後、小森印刷(現 小森コーポレーション)に就職し、早朝や昼休みを利用して練習に明け暮れる日々を送っていましたが、その理由をこのように語っています。

箱根を走りたかったこと、(陸上選手として)上を目指したかったから。

ぴよ太
ぴよ太
仕事しながら練習をするって想像以上に大変だと思う。
なかなか真似できないよ!
うさ子
うさ子
仕事だけでも毎日ヘトヘトになるもんね!
とても努力家なのが分かるね!

24歳の時に駒澤大学経済学部(夜間部)に入学すると、昼は川崎市役所で働きながら勉学と練習に励みました。

徐々に頭角を現し始め、関東インカレ(2部)や箱根駅伝など様々な大会で好成績を残したのです。

奥様や娘について

大八木監督には、奥様と二人の娘さんがいます。

奥様は寮母として監督と選手たちの食事を作ったり、精神的な支えとなっています。

ちなみに長女の名前は亜紀さんです。

2003年の箱根駅伝で、駒澤大学は2連覇を達成しています。

その優勝後の祝賀会で当時小学3年生だった長女の亜紀さんは、「花の2区」を走った4年のエース松下龍治選手と、同じく4年の区間賞の快走だった島村清孝選手の胸で大泣きしたそうです。

ぴよ太
ぴよ太
学生寮で亜紀さんが過ごすことも多かったみたいで、夕飯後に選手たちと遊んだりゲームしたりすることが多かったんだって!

選手たちというたくさんのお兄さん達が常に周りにいて、とても楽しい日々を過ごしていたそうです。

選手たちのために涙を流す亜紀さんも、選手たちにとってはとても可愛かったことでしょう。

若い頃の活躍は?

大学に入学すると才能が開花し、さまざまな大会で好成績を残しましたが「箱根を走りたい」という気持ちが強かった大八木監督は、箱根駅伝でも大活躍を見せます。

  • 第60回(1984年) 5区(20.7km)1時間12分41秒(区間賞)
  • 第61回(1985年) 2区(22.7km)1時間11分43秒(区間5位)
  • 第62回(1986年) 2区(22.7km)1時間10分00秒(区間賞)
  • 第63回(1987)は、年齢制限のため出場できず。(現在は、年齢制限はない。)
ぴよ太
ぴよ太
5区山登りはキーポイントの区間だから、監督が経験者とは選手にとっても心強いね!
うさ子
うさ子
大八木監督が箱根経験者なのも、箱根駅伝に年齢制限があったのも初耳だよ〜!

そして大学卒業後、大学時代の成績を評価されてヤクルトに入社し、陸上競技部にてコーチ兼選手として実業団選手人生を送りました。

最後に

指導が厳しいと有名な大八木監督ですが、選手のお父様が病死した際、車で家まで送ってあげたり、自身を実の父親のように思ってほしいとインタビューで泣きながら語っていました。

ぴよ太
ぴよ太
指導は厳しいこともあるのかもしれないけど、情が厚くて優しい人なんだね。
うさ子
うさ子
だから選手たちも、大八木監督についていくんじゃないかなぁ〜。

駒澤大学が箱根駅伝を優勝で飾ったのも数年前で、2018年箱根駅伝ではシード権を獲得できませんでした。

予選会では1位でしたので、2019年箱根駅伝での活躍を期待しましょう!