駅伝

小林史明監督(日体大)の現役時代の活躍について!嫁や子供はいるの?

小林史明(こばやしふみあき)監督は、元棒高跳びの選手という経歴を持った異色の駅伝監督です。駅伝の経験ゼロの監督就任は世間をびっくりさせました。素人が監督になるということは駅伝でもあまりないことです。

しかし、世の中には素人の経歴を持ちながら名監督になった人もいます。例えば、サッカーのチェルシーのマウリツィオ・サッリさんは元銀行員でした。

2018年の夏の高校野球に出場した慶応高校の森林貴彦さんは小学校の先生です。

監督には選手とはまた違った能力が求められるということでしょうね。

日体大の駅伝部を語る上でもう一つびっくりさせられることがあります。それは、学生が主体の組織だということです。練習メニューや区間配置まで林田元輝主将を中心とした4年生が決めているのです。言うなれば林田選手が陰の監督なんですね。

また、総監督に就任したのは、渡辺公二さんです。渡辺監督は西脇工業高等学校8度も優勝に導いた名監督なんですよ。とても褒め上手で選手をやる気にさせる天才です。2018年現在80歳ですがまだまだ元気です。

実質の監督は4年生、そしてそれを周りからサポートする素人監督と名監督だった総監督!この異例中の異例の体制が功を奏するのか、結果が楽しみになります。

日体大にはこれと言ったスター選手はいませんが、この一見混乱したようにも見える体制で逆にチームの士気は上がっています。そこに棒高跳びでスターだった監督と高校駅伝の伝説を作った総監督が上手く絡んでいけば、総合力で上位を狙う面白いレースしてくれることでしょう。

ここでは、そんな難しい状況で就任した小林監督のプロフィールや現役時代大活躍した経歴、そしてご家族についてご紹介します。

小林史明監督ってどんな人?

顔を見ると理路整然としてそうなイメージですよね。実際の小林監督も学術論文を書くなど理論派の監督なんですよ。しかも、現役時代の活躍ぶりが凄い!

小林監督は、2003年に澤井大地選手に記録を破られるまで棒高跳びの日本記録保持者でした。国内では数々の優勝に輝き、1998年のアジア競技大会では3位、1999年には世界選手権に出場するなど棒高跳びのスター選手として多くの実績を残した選手なんですよ。

ぴよ子
ぴよ子
でも、棒高跳びの経験しかないのに何故駅伝の監督に抜擢されたの?

そうですよね、それが一番の疑問ですね。しかし、実は小林監督は「大学駅伝選手の競技力向上を目的とした年間サポート活動の試み~2010年サポート活動にて得られたデータを中心として~」という学術論文を発表した事があるのです。

意外なところで駅伝と関わっていたんですね。全くの素人監督という訳ではないんですよ。そんな実績が買われたのです。

とは言え、監督就任は2018年9月です。短時間でやれることは限られています。しかし、トップに君臨した経験は、それだけで選手の刺激になっているのではないでしょうか。選手はそんな小林監督から学ぶことはいっぱいあるはずです。

このシーズンは学生が主体で動いています。しかし、若さゆえの未熟さが仇になることもあるのです。そんな時に経験豊富な小林監督の存在は大きいでしょう。ピークの持って行き方や不調からの立て直し方・精神統一の方法はスポーツ全体に言えることです。小林監督がどのように数々の栄光に輝いたかは選手にとってとても役に立つ教材なることでしょう。

小林監督の任務は非常に難しいものです。特に就任間もない立場としては、選手主体というスタイルを崩さずに上手くサポート出来るかどうかが大きなポイントとなります。

では次に、小林監督のプロフィールと経歴をご紹介します。

小林史明監督のプロフィールと経歴について

プロフィールについて

名前:小林史明(こばやしふみあき)
生年月日:1974年12月10日
出身地:三重県鈴鹿市
血液型:不明
身長:180cm
体重:68km
所属:日本体育大学

三重県の県民性は、「控えめ」「真面目」「人から信頼される」だそうです。実際の小林監督もとても真面目に陸上に取り組んでいます。控えめな性格でもあります。だからこそ選手が主体に動く今の日体大学で、それの特色を損なうことなく上手く溶け込むことが出来ているのでしょう。

経歴について

現役時代の経歴について(全て棒高跳び)

(中学)
2位(1989年全日本中学校陸上競技選手権)
(高校)
優勝(1990年国体少年B)
5位(1992年全国高等学校総合体育大会)
(大学)
優勝(1995年全日本学生種目別選手権)
優勝(1995年日本学生陸上競技対校選手権大会)
優勝(1996年全日本学生種目別選手権)
優勝(1998年国民体育大会)
3位(1998年アジア競技大会)
(実業団ミキハウス)
優勝(1999年全日本実業団対抗陸上競技選手権大会)
出場(1999年世界選手権大会
優勝(2001年全日本実業団対抗陸上競技選手権大会)
優勝日本新:2002年市原臨海記録会)
※ 2018年現在2位の記録
出場(2003年世界選手権大会
優勝(2004年日本学生陸上競技ジュニア選手権大会)
5位(2005年国際グランプリ)

小林監督は、鈴鹿市立白子中学校出身です。この頃から既に全日本中学校陸上競技選手権で2位に入るなど天才タイプの選手として活躍し始めます。

その後、三重県宇治山田商業高等学校に入学しました。高校野球で4度全国大会に出場した名門校です。また、この学校の出身者にはアテネオリンピックのマラソンで金メダルに輝いた野口みずきさんがいます。

高校時代の1990年国体少年Bでは優勝を飾るなどその才能は更に伸びました。その後、小林監督は日本体育大学に進学、ここでは1995年日本学生陸上競技対校選手権大会で優勝を飾ったのを始め、出場する大会で数々の栄冠を手にしています。1998年にはその活躍を海外に拡げ、アジア競技大会で3位という好成績を上げました。

小林監督は卒業すると実業団のミキハウスに入りました。2002年市原臨海記録会では5m71の日本記録をマーク。翌年、澤野大地選手(富士通)にこの記録は抜かれてしまいましたが、現在も日本2位の記録として燦然と輝いています。

コーチ・監督時代の経歴について

現役引退後は、日本体育大学大学院博士前期課程体育科学専攻修了後に日本体育大学の准教授になり、陸上部のコーチとなりました。そして2018年9月20日より駅伝部の監督として選手を指導しています。

では次に、山本監督のご家族について紹介します。

山本史明監督のご家族について

あるサイトでは、2019年箱根駅伝に出場する監督の中で一番のイケメンと紹介されていました。確かにイケメンですよね。優等生タイプのイケメンって感じです。

そんな小林監督は44歳(2018年12月現在)。年齢からしても結婚している可能性が高いですが、お嫁さんやお子さんの情報は何処にも見つかりませんでした。でも、もし結婚していてお子さんがいるとしたら厳格なお父さんとして厳しくも愛情深く育てていることでしょうね。

最後に

チームの自主性を後押しして、目標の3位以内を目指して下さい!

小林監督は、まだ就任してほどない監督です。それだけに出来ることはどう選手のやる気を引き出すことがメインになるでしょう。

しかし、現役時代に数々の栄冠を手にした経験はきっと大きなものを選手にもたらすことが出来るはずです。サポート役に徹している渡辺公二総監督という頼もしい存在もあります。

選手は箱根駅伝で3位という非常に高い目標を掲げてがんばっています。必要以上に肩に力が入ってしまっていることは確かです。そんな選手に的確なアドバイスを行えるかどうかが勝敗を決めると言って過言ではありません。

ぴよ子
ぴよ子
あまり気負い過ぎると失敗しちゃうものね!

選手主体というチーム体制の中で、いかに選手の力を引き出すか、その手腕が試されるのが箱根駅伝なのです。

この異色の試みの結果がどうなるのか、楽しみに見守っていますね。難しい立場ですが頑張って下さい!