駅伝

川崎勇二監督(中央学院)の現役時代や活躍は?嫁や子供についても

川崎勇二(かわさきゆうじ)監督は、中央学院大学の駅伝監督です。1985年にコーチに就任し、1992年に監督に就任していますから指導歴は実に32年、2019年の箱根駅伝に出場するチームの監督の中では、山梨学院大学の上田誠仁監督と並ぶ経験の持ち主なんです。

その一番の特色は、スター選手の居ない雑草軍団を率いて好成績を上げることです。選手の潜在能力を引き出すのがとても上手い監督なんです。メンバーを見るだけだとそれほど強そうに見えない中央学院大学ですが、何故か上位に食い込むのはこの監督の手腕によるところが大きいんですよ。

川崎監督は面白い信念を持っていることでも有名です。その信念とは「箱根駅伝で優勝は目指さない」!

ぴよ太
ぴよ太
え?みんな優勝を目指して箱根にやって来るんじゃないの?

びっくりするような信念でしょ?そこがこの監督の面白いところなんです。

ぴよ太
ぴよ太
でも、何故優勝を目指そうとしないの?

その理由は、箱根駅伝で優勝するよりも、一人でも多くの実業団選手を育てたいからです。箱根駅伝で無理をして燃え尽きたりする選手は意外と多いものです。それでは意味がない、それよりも選手の将来を考えてあげたい、そんな選手への思いやりが強いからこその信念なんです。

そんな愛情を感じるからこそ中央学院大学の選手は気負わずに箱根路を走るんでしょうね。その結果が中央学院大学の成績に現れるんです。選手は監督の愛情を感じて、何としても監督を男にしたい、そんな思いで走るからこそこのチームは強いんですね。

特に2016年以降はほとんどの三大駅伝で一桁の順位という好成績を上げています。その強さの秘密はそうした絆の強さから生み出されているんですよ。

ここでは、そんな川崎監督のプロフィールや現役時代・監督時代の経歴、そして奥さんやお子さんについてご紹介します。

川崎勇二監督ってどんな人?

川崎監督は、人間的なスケールの大きさを感じる人です。監督というよりは教育者なんです。モットーは「否定から入らずまず褒める」「相手の個性を認める」「欠点を気づかせる」「叱ると怒るをしっかり使い分ける」・・・

分かっていても中々出来ないことですよね。それが普通に出来てしまうんですから凄い人です。そんな監督は選手からも慕われています。監督と選手はしっかりした絆で繋がり合っているのです。

正直に言えば、チームも監督もとても地味です。マスコミに取り上げられることも少ないです。しかし、こうやって選手を認めて愛情をもって接しているこの監督ってホントに素敵です。座右の銘は公平無私」!見返りを求めない深い愛情を持っているからこそ素敵なんですよね。

勝ち負けの行方だけを追うのではなく、そんな絆を感じながら駅伝を観戦するのも面白いと思いますよ。とても温かい気持ちになり、心が動かされることでしょう。

この監督のために頑張りたい、そんな選手の強い思いを感じてみて下さい。日本人の心の奥底に「判官びいき」という感情があります。

ぴよ子
ぴよ子
判官びいきって何?

簡単に言えば、弱いものに対して肩入れしたくなる感情のことです。 弱者が強者に立ち向かう姿は感動をもたらすんですよね。

川崎監督の言葉にこんなものがあります。「私たちには立派な記録はないけど、箱根に対する想いは人一倍強いものがある。」

もちろん想いの強さだけ勝てるものではありませんが、この監督の魔法にかかった選手が他校のエース級の選手に食らいついていく姿を見るとつい応援したくなるんですよね。

2018年のワールドカップで、日本は準々決勝で世界最強とも言えるベルギーを追い詰めたのを記憶しているファンも多いのではないでしょうか。

そんな日本の姿と重ね合わせながら中央学院大学の選手たちが描き出す走りの数々を見ると駅伝の楽しさが倍増するのではないでしょうか・

では次に、川崎監督のプロフィールと経歴についてご紹介しましょう。

川崎勇二監督のプロフィールと経歴について

プロフィールについて

名前:川崎勇二(かわさきゆうじ)
生年月日:1962年7月18日
出身地:広島県広島市
血液型:不明
身長:不明
体重:不明
所属:中央学院大学

広島県の県民性は、「陽気」「のんびり」「負けず嫌い」です。川崎監督も陽気な監督ですね。もちろん厳しさもありますが、それは選手のことを思っての厳しさで、愛情の現れです。

負けず嫌いでもあるんでしょうね。誰になんと言われようと自分の信念を曲げることはありません。

経歴について

では、現役時代とコーチになってからの経歴をご紹介いたします。

現役時代の経歴について

3区21位(1978年全国高等学校)
1区9位(1979年全国高校駅伝)
1区11位(1980年全国高校駅伝)
7区9位(1984年箱根駅伝)

川崎監督は、私立報徳学園高等学校出身です。高校野球では3度の全国優勝した学校として有名です。駅伝も強く6度の優勝を飾っています。100mの元日本記録保持者の伊東浩司さんはこの学校の出身です。

また5000mの日本学生記録保持者の竹澤健介選手(住友電工)もこの高校を卒業しています。

川崎監督はこの学校で3年連続で全国高校駅伝に出場しています。その後、順天堂大学に進学しました。大学では1984年に箱根駅伝に出場し、7区で9位に入りました。

コーチ・監督時代の経歴について

16位(1994年箱根駅伝)
12位(1995年箱根駅伝)
13位(1999年箱根駅伝)
10位(2003年箱根駅伝)
6位(2003年全日本大学駅伝)
11位(2004年箱根駅伝)
13位(2004年全日本大学駅伝)
9位(2005年箱根駅伝)
11位(2005年出雲駅伝)
9位(2005年全日本大学駅伝)
17位(2006年箱根駅伝)
13位(2007年箱根駅伝)
10位(2007年全日本大学駅伝)
3位(2008年箱根駅伝)
10位(2008年出雲駅伝)
5位(2008年全日本大学駅伝)
5位(2009年箱根駅伝)
11位(2009年出雲駅伝)
8位(2009年全日本大学駅伝)
13位(2010年箱根駅伝)
16位(2011年箱根駅伝)
18位(2012年箱根駅伝)
10位(2013年箱根駅伝)
6位(2013年出雲駅伝)
11位(2013年全日本大学駅伝)
12位(2014年箱根駅伝)
14位(2014年全日本大学駅伝)
8位(2015年箱根駅伝)
7位(2015年出雲駅伝)
9位(2015年全日本大学駅伝)
9位(2016年箱根駅伝)
4位(2016年出雲駅伝)
5位(2016年全日本大学駅伝)
6位(2017年箱根駅伝)
8位(2017年出雲駅伝)
6位(2017年全日本大学駅伝)
10位(2018年箱根駅伝)
6位(2018年出雲駅伝)
14位(2018年全日本大学駅伝)

川崎監督は、順天堂大学を卒業後、1985年に中央学院大学の常任助手となり、併せて駅伝部のコーチに就任しました。

その後の1992年に駅伝部の監督になり、現在(2018年)まで26年の長きにわたって監督を続けています。

監督時代には、2008年に箱根駅伝で3位というびっくりするような成績も上げているんですよ。特に最近の三大駅伝の成績はのきなみ10位以内に入っています。雑草軍団がここまでの成績を上げているのが凄いですよね。

では次に、ご家族についてご紹介します。

お嫁さんやお子さんはいるの?

奥さんの情報は残念ながら見つかりませんでした。でも、お子さんの情報はありました。

川崎監督の次女の川崎和葉里(やより)さんは、現在関東学生陸上競技連盟の理事長なんです。21歳で理事長ってのが凄いですね。

お父さんに似て笑顔が素敵な美女ですね。東洋大牛久高に進学後、2015年に東洋大経済学部に入学し、学連スタッフになり、2018年に理事長に就任しています。小学校の頃の夢は「オリンピックのマラソン代表になる」こと。

お父さんとはよく一緒に走ってたそうですよ。オリンピックの夢は果たせませんでしたが、今はオリンピックに出場する選手を作り出す側で頑張っています。

お子さんはもう一ついて、3歳上に長女がいます。長女も国学院大学でマネージャーをやっていました。お子さんが二人共陸上に関わっているんですから川崎監督の影響は大きかったんでしょうね。きっと尊敬出来るお父さんだったからこそ娘さんたちが監督と同じ道を歩んで来たのでしょう。

最後に

誰よりも箱根駅伝への思いが強い川崎監督に育てられた選手の熱い走りを楽しみに観ます!

中央学院大学は下馬評でもあまり大きく注目されてはいません。今回もスーパーエースがいる訳でもなく、また選手の記録自体もけっして飛び抜けたものではありません。

しかし、監督も選手も箱根駅伝への強い思いと絆で固く繋がっているのです。その総合力はけっして侮れないものがあります。事実、出雲駅伝では6位という目覚ましい成績を上げています。

選手は順調に育っています。そして、監督は選手のために、選手は監督のために頑張ることでしょう。その思いの強さがきっと驚くような結果を示すのではないかと期待しています。

法学部の教壇に立つ素人監督の意地を是非見せて下さい。強豪チームを抜き去るようなスカッとするレースを期待して観戦しますね!