駅伝

岡田正裕(拓殖大)の奥様や子供は?現役時代の活躍も紹介!

数多くいる駅伝監督なので、ひときわ優しい顔立ちの岡田正裕(おかだ まさひろ)監督。

岡田監督のチャームポイントでもあるタレ目は、周りの方々を和ませる力があります。

ぴよ太
ぴよ太
岡田監督って練習中も優しそうだよね!
うさ子
うさ子
箱根駅伝で総合優勝したこともあるし、練習指導はやっぱり厳しいんじゃないかな?

今回は岡田監督の奥様や子供、現役時代の活躍についてまとめました。

岡田監督のちょっぴり怖い(?)エピソードもご紹介いたします!

岡田正裕監督ってどんな人?

2006年、亜細亜大学が箱根駅伝にて総合優勝したことをきっかけにご存知になった方も多いかもしれません。

名将としてもとても有名で、ソウルオリンピック女子10000m代表の松野明美さんを育てたことでも知られています。

ぴよ太
ぴよ太
松野明美さんってすごい有名な選手じゃない!
うさ子
うさ子
岡田監督ってすごい監督なんだね!松野明美さんを育てたなんて初耳だよ!

性格はとても優しくて、練習指導は厳しいものの、選手からも父親のように慕われています。

時には、寮の玄関に無造作に散らばっている靴を全て外へ放り投げたことがあるそうです。

ぴよ太
ぴよ太
そんな一面もあるんだ!ちょっと怖いけど、確かにそれも父親っぽい(笑)
うさ子
うさ子
だらしない寮の雰囲気が嫌だったんだろうね!

そんな岡田監督ですが、実は指導として一番大切にしていることは「日々の挨拶」だそうです。

とても優しい顔立ちを見ると、岡田監督らしい考えかもしれませんね!

岡田正裕監督のプロフィール

氏名:岡田正裕

生年月日:1945年7月27日

出身:熊本県熊本市

高校:鎮西高等学校

大学:亜細亜大学

1967年、3年生のとき亜細亜大学は箱根駅伝に初出場し、主将として9区を走り区間9位でしたが、結果は総合11位でシード権を逃しました。

ぴよ太
ぴよ太
4年生の時は3区を走って区間10位だったよ!
うさ子
うさ子
監督が箱根駅伝経験者って、選手にとっては心強いねぇ〜!

1968年に地元食品メーカーのフンドーダイに就職し、1986年からニコニコドーの監督を務めました。

その後ニコニコドーが廃止され、1999年に低迷していた母校・亜細亜大学の陸上競技部監督に就任。

そして、2006年第82回箱根駅伝にて、優勝候補の大学が総崩れとなる中、亜細亜大学は9区で首位に立ち、初の総合優勝を果たしました。

ぴよ太
ぴよ太
すごい覚えてる!あの時は亜細亜大学の大逆転だったよね!
うさ子
うさ子
あの大逆転は、諦めない大切さを教えてもらったなぁ〜!

2008年、3月限りで亜細亜大学陸上部の監督を勇退し、4月より実業団九電工女子陸上部監督に就任します。

しかし2~3年後に成果を出す自身の育成目標と、短期的成果を求める九電工側との指導方針の違いにより2009年3月に監督を辞任。

2010年2月より、拓殖大学陸上競技部の監督に就任し、箱根駅伝では拓殖大学歴代最高である総合7位に導きました。

奥様や子供について

岡田監督のご家族についてもお調べしましたが、情報が全くありませんでした。

しかし、あんなに優しそうな方なのでご結婚はされているのではないでしょうか。

ぴよ太
ぴよ太
岡田監督はいつもニコニコしているから家族も癒されそうだよね!
うさ子
うさ子
私なら岡田監督みたいな優しい雰囲気の男性と結婚したいなぁ〜!

亜細亜大学、拓殖大学いずれの監督就任時も、単身上京して選手寮に住み込み、選手と生活を共にしているとのことなので、奥様が寮母を務めていることはないようです。

現役時代の活躍について

亜細亜大学に入学した岡田監督は、1967年、3年生の時に箱根駅伝に初出場し、主将として9区を走り区間9位でした。

ぴよ太
ぴよ太
箱根駅伝の経験者でもあって、主将も務めてたんだ!
うさ子
うさ子
当時からリーダーシップを発揮する性格だったことが分かるね!

結果は総合11位でシード権を逃し、4年生のときは3区を走り区間10位の記録を残します。

主将としてのプレッシャーも相当あったと思いますが、経験しているからこそ、監督になられた後も主将の選手をはじめ、駅伝大会出場を目指す選手たちの気持ちを深く理解できるのではないでしょうか。

最後に

2018年第94回箱根駅伝では最年長監督として話題になりましたが、2019年3月末で監督から勇退されるそうです。

ぴよ太
ぴよ太
後任は亜大監督時代の教え子でもある山下拓郎コーチ(34)だよ!
うさ子
うさ子
少し寂しい気持ちもあるけど、新しい監督によってチームも一新されるね!

「私は特命教授か顧問か総監督という立場で1〜2年、山下君をサポートし、徐々に静かに消えていくつもりです。」

このように語っており、今後も陸上部には携わるようです。

箱根駅伝名物の大ベテラン監督は平成最後の大会を区切りに第一線を退きますが、岡田監督の今後のご活躍にも注目していきましょう。